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Channel: イギリスおかし百科 –あぶそる〜とロンドン
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第120話 Selkirk Bannock ~セルカークバノック~

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<Selkirk Bannock セルカークバノック>

Selkirk (セルカーク)はScottish Bordersの小さな町の名前。あの毛織物の「ツイード」の語源となったツイード川流域の土地らしく、今もツイードや、タータンの織物工場などが多くあることでも知られています。ツイードもタータンもいかにもスコットランドらしくて気になるところではありますが、衣食住ならぬ、「食住衣」のわたしがそれよりさらに気になってしまうのは名物「Selkirk Bannock(セルカークバノック)」。

Dalgetty & Sons のものが一番有名です☆

Dalgetty & Sons のものが一番有名です☆

 

「バノック」とはスコットランドで昔から食べられてきた、パン種の入らない平焼きのパンのこと。小麦粉の代わりに挽いたオーツ麦を使うことも多く、グリドルと呼ばれる鉄板を直火で熱して焼くため、普通のイースト入りのフワフワのパンとは違いどっしりとした噛み応えのあるものが基本形。そこからさまざまなバリエーションが派生しているのですが、今日ご紹介するバノックはちょっと変り種、かつもっとも現代も食べられているであろうバノック、Selkirk Bannockです。どう変わっているのかと言うと、まずイースト入りでふんわり。グリドルではなくオーブンで焼成。サルタナや時にはミックスピール、バターやラードなどの油脂類も入り、まるでそれはリッチなレーズンパンのよう。大きめのティーケーキのようでもあります。これはスコットランドまで行かずとも、イングランドでもスーパーで袋入りのものをたまに見かけることがあるほど普及しています。このセルカークバノックを一躍有名にしたのが、Selkirkから南に9マイルほど離れたHawickの町でベイカリーを営んでいたRobert Douglas 氏。1859年、彼がセルカークのマーケットでこのバノックを売り出したところ、そのリッチなおいしさが評判になりたちまちセルカークの名物に。そして当時彼の元で働いていたAlex Dalgetty がセルカークから5マイルほど北にあるGalashielsの町にそのレシピを携えて新しいベイカリーをオープンします。それが1890年代のこと。それから5世代、「Alex Dalgetty &Sons」ではオリジナルのレシピを受け継ぎ、今もなお当時のままの製法、当時のままの鉄製の大きなオーブンでセルカークバノックを焼いています。Alex Dalgetty &Sons のポリシーは最良の材料を使い伝統的な製法を守ること。Famous Original Selkirk Bannock という商品名にその誇りが現れています。

ふんわりリッチなレーズンパンのよう、バターをたっぷり塗っていただきます☆

ふんわりリッチなレーズンパンのよう、バターをたっぷり塗っていただきます☆

このセルカークバノックを有名にしたのはRobert Douglas 氏だけではありません。時のヴィクトリア女王もそのひとり。1867年のある日、AbbotsfordにあるSir Walter Scottの孫娘、Charlotte Hope –Scottの家を訪ねたヴィクトリア女王(正確にはシャーロットは1858年になくなってしまったため、女王にお茶を淹れて差し上げる栄誉にあずかったのはその夫Jamesと二番目の妻Lady Victoria Alexandrinaでしたが)、豪華にしつらえられたお茶の席で数あるお茶菓子の中から唯一女王が召し上がったのがセルカークバノックだったというのです。この噂はセルカークバノックの人気をさらに確固たるものにし、スコットランド南部のみならず、スコットランド中、ひいてはイギリス中にその名が知られるようになったのでした。それから150年、今も愛されつづけるスコットランドの味。波のように寄せてはあっという間に消えていく日本の流行もののお菓子とは随分違いますね。

一晩かけてゆっくり発酵される伝統的な製法のセルカークバノック。ちょっぴりお腹がすいた午後、おいしい紅茶と共にバターをたっぷり塗っていただけば、スナック菓子とコーラでは味わえないゆったりとした満足感が得られること間違いなしです。

 


第121話 Black bun ~ブラックバン~

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イギリスおかし百科


<Black bun ブラックバン>

ある意味ショートブレッドより、スコーンよりさらにスコットランド的なお菓子といえるのが今日ご紹介する「Black bun(ブラックバン)」。その名のとおり真っ黒なフルーツケーキをペストリーで包んで焼くという、他の地方では見かけない非常にどっしりしたケーキです。ホームメイドの場合は簡単にベーキングパウダーをちょっぴり加えたショートクラストペストリーを使うことが多いのですが、ベイカリーで買ってくるものはイーストで発酵させた少しふっくらした生地で覆われています。生地は上下だけの場合もあれば、すっかり覆っていることも。気になる真っ黒な中身の方はというとクリスマスケーキのようにぎっしりとドライフルーツが詰まったフルーツケーキ。たっぷりのカランツにレーズン、作り手によってはシトラスピール、これまたたっぷりのスパイス類にモスコバドシュガーのような真っ黒なお砂糖が入ります。こんなヘビーなケーキがさらにペストリーで包んであるのですから、寒いスコットランドの冬にもぴったり。

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今でこそ冬に限らず1年中見かけるブラックバンですが、これだけ材料も必要な贅沢なお菓子ですから、伝統的には特別なときに食べるもの、それもHogmaney(ホグマニー)と呼ばれる、スコットランドの年越しのお祭りのために作られるものでした。イギリスの他の地域と違い、クリスマスより、年越しのホグマニーを大々的に祝うスコットランド。12月になるとスコットランドのベイカリーには山のようなブラックバンが並ぶのだとか。一説によるとスコットランド女王Mary Stuartがフランスより戻ってくるときに持ちこまれたとも言われているこのブラックバン。当時は1月5日のトゥエルフスナイト(十二夜)に食べるものだったそう。そして以前ご紹介したtwelfth night cake と一緒、ケーキの中に豆を一粒隠しておき、それを当てた人が一晩王様になれるという習慣もありました。しかし当時プロテスタントが強い権力を持っていたスコットランドではクリスマスを祝うことを良しとされなかっため、トゥエルフスナイトではなくホグマニーを祝う際に食べられるようになっていったのでした。またバイキングの影響を色濃く受けているホグマニー。新年最初に家に訪れる訪問者First Footingが黒髪、色黒の長身の男性だと幸運が訪れる(金髪の白人男性は北方から侵入してきたバイキングを連想させるため)と言われています。しかも彼が片手にこのブラックバン、あるいはショートブレッドを手にしていれば、新しい一年食べ物に困ることなく暮らせるのだとか。

ショートクラストペストリーで包んだ素朴なホームメイドバージョンもなかなか美味しいのです☆

ショートクラストペストリーで包んだ素朴なホームメイドバージョンもなかなか美味しいのです☆

ところで、昔のブラックバンはどんな姿をしていたのでしょう。実はブラックバンという名称が使われ始めたのはわりと最近で20世紀に入ってから。それ以前はScotch bun/ Scotch Christmas bun スコッチバン/スコッチクリスマスパンと呼ばれており、今ほど重量感のあるものではなかったようです。それが19世紀に入り、砂糖やドライフルーツなどの材料が手に入りやすくなってから徐々にリッチになっていき、Robert Louis Stevenson が “dense, black substance, inimical to life・・・” (重く黒い人生に有害なもの)と表現したことによりブラックバンと呼ばれるようになったのだとか、、。black bun3

 

さっくりペストリーと濃厚なケーキのコントラストは確かにスティーブンソンの描いたジキル博士とハイド氏のように両面的ではありますが、新しい年の始まりに、来る1年の豊穣を意味してくれるこのブラックバンは人生に有益なものだと思うのですが。美味しいし、、。

 

第122話 Bannock ~バノック~

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okashi


<Bannock バノック>

「バノック」とはなんぞや? 基本形はイーストを加えない大きな円形の平焼きのパンのようなもののこと。スコットランドやイギリス北部を訪れればその言葉を耳にすることもありますが、他の地域ではほとんど巡り合うことはありません。そして、スコットランドで出会うバノックも地域によってさまざま。基本の平焼きパン形状のこともあれば、スコーンやビスケット状のこともあるし、ホットケーキのようゆるい生地で作るドロップスコーンのような姿のことも。材料の穀類は小麦粉だったり、オーツ(カラスムギ)だったり、そのミックスだったりとこれまた多様。そこに加える油脂はバターの他に、ベーコンの脂やラード、ドリッピングのことも。粉を生地にするために必要な水分は水か牛乳はたまたバターミルク。とにかくこれらを混ぜ合わせ、グリドルと呼ばれる鉄板を直火に置いた上で焼くのです。今は食感を軽くするために、大抵ベーキングパウダーか重曹が加えられますが、それら膨張剤が発明されるその前は、想像に難からず、非常に重い食感のものでした。現在のバノックも、普通のパンに比べると相当ずっしりしたものではありますが、、、。

味付けは少しの塩のみのあっさり味。バターを塗ったり、チーズを添えたり☆

味付けは少しの塩のみのあっさり味。バターを塗ったり、チーズを添えたり☆

スコットランドやイギリス北部と言えば、その冷涼な気候から小麦粉の栽培が難しく、主食がオーツだったということは以前「オーツケーキ」のときにもチラッとお話ししましたが、オーツが作られるようになる以前は、あるいはオーツや小麦が手に入るようになってからも、貧しい層の人々のバノックの材料は主にバーリー(大麦)でした。そしてバーリーよりさらに遡ると、スコットランドで育てられていたのはBere(ベア) と呼ばれる六条大麦。現在スコットランド本島ではほとんど作られていませんが、春に種をまけば夏には収穫できるベアは、イギリスで最も早く栽培された穀物なんだとか。このベアをイギリスに持ち込んだのは8世紀から9世紀にかけて多く流入した北欧からのヴァイキング。Bere という語もbarley(バーリー)を意味する古ノルド語Byggから来ていると言われています。今もオークニー諸島ではこのベアが栽培されており、「Beremeal bannock(ベアミールバノック)」と呼ばれるバノックが作られています。ベアに小麦粉と塩、牛乳(または水)、重曹を加えて作る丸く平たいそれは地域地域でそれぞれに発達していったバノックの原型に近いものなのかも知れませんね。

bannock1

 

とにかく種類の多いバノック、乾燥させて挽いた豆を使う「Pease bannock」やスコットランドの西の海に浮かぶBarra島ではオートミールとタラの内臓入りのCod liver bannockなんてものもあります。またシーズンごとのお祭りの際には特別なバノックが作られていました。春にはSt. Bride’s bannock、夏にはBealtaine bannock、 秋には Lammas bannockといった具合。またもちろんスコットランドで一番大きなイベント、ホグマニー(年越しのお祭り)の際に食べるバノックもあります。この「Hogmaney bannock」にはオーツとキャラウェイシードが入っており、大きく焼いて切り分けることの多いふつうのバノックと違い、中央に穴の開いた小さなタイプ。朝、子供たち一人ひとりに渡され、厄除けにそれを全部食べきらないといけないと言う慣わしがあったのだとか。いろいろな迷信をもつホグマニーバノックですが、焼いている途中にあるバノックが壊れたり欠けたりしてしまったら、それはそのバノック食べるはずだった子の病気あるいは死を意味するなんて、怖いものまで、、、、。

スコーンのようにふっくら食べやすいタイプのバノックも☆

スコーンのようにふっくら食べやすいタイプのバノックも☆

一つ一つとりあげているときりのないバノック、最後にもうひとつ、以前ご紹介したセルカークバノックと同じくらい異色のバノックをご紹介したいと思います。それが 「Pitcaithly bannock」と呼ばれるもの。これはもはやバノックと言うよりはショートブレッドのお仲間。小麦粉と米粉、お砂糖にバター、刻んだアーモンドにシトラスピールが入り、ペチコートテイルショートブレッドのように大きな円形にして焼き上げます。お味のほうも非常においしいショートブレッドそのもの。これはスコットランドのエディンバラの北40マイルくらいの所にある小さな村Pitkeathly Well (Pitcaithly)に源があるのだとか。

Pitcathly bannock はまるでおいしいショートブレッド☆

Pitcaithly bannock はまるでおいしいショートブレッド☆

あまりに派生形が多すぎてここまで書いてきて、結局バノックとはなんぞや?と言われそう。要はスコットランドで主食代わりに長い間食べられてきた「粉に水分を加えてまとめ、鉄板で焼いたもの」、ということで今日のところはご勘弁を。。。

 

 

 

第123話 Bridie/ Scotch pie~ブリーディー/スコッチパイ~

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<Bridie/Scotch pie ブリーディー/スコッチパイ>

たらりたらりと続いているこの「イギリスおかし百科」、タイトル的には「お菓子」に集中しなくてはいけないところですが、実際のところ内容的には「イギリス粉もの百科」あるいは「イギリスおやつ百科」。前回のバノックに引き続き、今回ご紹介するのも、またもや甘くないスコットランドの名物粉もの、「Bridie(ブリーディー)」 と 「Scotch pie(スコッチパイ)」 の二品についてです。ざっくり言ってしまうとどちらもミートパイの一種。形からご想像のとおり、ブリーディーはコーニッシュパスティーに、スコッチパイはポークパイに近い作り。

半円形のセイボリーパイ「ブリーディー」

半円形のセイボリーパイ「ブリーディー」

まずはブリーディーから。半円形のペストリーの中身は塩こしょう、スパイスで味付けされた牛ひき肉、あとは玉ねぎが入ることもあります。ペストリーはスコットランド全体としてはパフペストリー(層のできるパイ生地)が人気ですが、このパイの生まれ故郷Forfarの町ではショートクラストペストリー派が依然優勢。そう、このブリーディーは別名「Forfar bridie (フォファーブリーディー)」。ForfarとはスコットランドはAngusにある町の名前、マーマレードで有名なダンディーから車で北に30分ほど向かった辺りです。Bridieという名前の由来には二つの説があります。縁起の良い馬蹄形をしたこのパイはこの町の結婚披露宴でよく供されたためthe Bride’s meal からBridie と名付けられたという説。もうひとつは、近隣のGlamisという町出身のMargaret Bridieさんがフォファーのマーケットでこのパイを売っていたからという説。その年代は18世紀とも、19世紀初頭とも言われていますが、いずれにせよForfarの町では長きにわたり定番のサタデーランチとして、また手軽に食べられるファストフードとして愛されてきた名物です。このForfarの町の近くに、以前ジンジャーブレッド話しの時に登場した Kirriemuirの町があるのですが、ここ出身のJ.M.Barrie氏(「ピーターパン」の作者)もブリーディーに親しんでいたようで、「Sentimental Tommy(1896)」の中にもこんなシーンがあります。” She nibbled dreamily at a hot sweet-smelling bridie, whose gravy oozed deliciously through a burst paper-bag.(おいしそうにしたたるグレイビーでやぶけた紙袋、彼女はいい匂いを漂わせるほかほかのブリーディーを夢見心地でかじっていました)“。コーニッシュパスティーとは似て非なるこのブリーディー、一番の違いは、お肉のほかに入れることが許される野菜が玉ねぎだけという点。じゃが芋などは決して入りません。この伝統的なフォファーブリーディーを守るために現在PGI(Protected Geographical Indication:EUの規定する地理的表示保護)の申請中なのだとか。もし受理されればイギリスのこの種のものとしては、コーニッシュパスティー、メルトンモーブレイのポークパイと並んでその品質や製法、伝統が保護されるべきミート系パイとなるわけです。

グラスゴーで見かけたそれは Glasgow Bridie の名で売られていました☆

グラスゴーで見かけたそれは Glasgow Bridie の名で売られていました☆

このブリーディーと並んでスコットランドを代表するファストフード系セイボリーパイが「Scotch Pie(スコッチパイ)」。こちらは一見、イギリス中で食べられているポークパイととても似ているようにも見えます。確かに周りのペストリーはホットウォータークラストペストリーと言って、お水とラードを熱々に溶かしたものを小麦粉に入れて練って作るしっかりした生地というのは一緒。そして中身がお肉というのも一緒。ですが、それ以外は結構違います。ポークパイはその中身はもちろん豚肉。でもスコッチパイは別名「Mutton pie(マトンパイ)」と呼ばれることもあるように、本来は羊のお肉。ラムではなく、羊というところからも想像できるように、産業革命の頃から人気の出た労働者のための安価で栄養豊富、そして素早く食べられるというパイでした。現在はマトンよりは牛肉が使われることが多く、味付けはたっぷりのこしょうとスパイス。そのお店独自のご自慢の配合があります。直径は約8cmくらい、ほんの少し蓋の部分が縁より下がっているのが特徴。ファストフードなのでもちろんそのまま食べることも多いのですが、お店などで食べるときはそのくぼみに温かいグレイビーやベイクドビーンズ、グリーンピースなど温かいトッピングをたっぷりのせてサーブできるようになっているわけです。

欲張ってフィリングを詰めすぎたスコッチパイ☆不恰好だけれどご愛嬌☆

欲張ってフィリングを詰めすぎたスコッチパイ☆不恰好だけれどご愛嬌☆

さて、ここでもうひとつ、ポークパイとの大きな違いがでてきました。ポークパイは、別名「ピクニックパイ」とも呼ばれるように、冷たいまま食べるもの。ペストリーとフィリングのお肉とのギャップを埋めるようにゼラチンで固めたコンソメが入っているので温めてはいけません。一方スコッチパイは基本温めて食べるホットフード。ポークパイがピクニックの時に食べるパイなら、対するスコッチパイはサッカーを観戦しながら食べるパイ。別名「フットボールパイ」なんて呼ばれたりします。ホットドッグでもバーガーでもなくスコットランドでサッカーを応援しながら食べるのはスコッチパイ。Bovril(ボブリル)というどろどろのインスタントビーフブイヨンをお湯で割ったものとの組み合わせが最高に通な(?)食べ方なのだとか。もちろんスコットランド人のスコッチパイ愛はフットボールファンだけにとどまりません。「ワールドスコッチパイチャンピオンシップ」なるものが毎年開かれており、2018年1月の大会でもう19回目。お肉屋さんやベイカリー、パイ専門店などが腕を競います。ブリーディーとちがい、フィリングは玉ねぎすら入らない純粋にお肉だけのスコッチパイ部門。他に入れていいのはお水とストック、パン粉など少々のつなぎのみ。お肉は牛かマトンかラムあるいはそれらのミックスと決められています。これはやはりスパイスの調合がかなり重要。生肉を味見するのはどうもね、、、と適当に味付けするわたしの場合、出来上がりの味が毎回ばらばらなのですが、きっとチャンピオンのスコッチパイは絶妙なスパイス加減なのでしょう。ポークパイしかり、下味を付けたらちょっとだけフライパンで焼いて味見すればいいのよというけれど、そのひと手間が、面倒くさがりには出来ないのです。。。

さて、ここまで書いてきて、、、スコッチパイと比較するのに、「ポークパイ、ポークパイ」と連呼していましたが、そう言えばまだ有名なMelton Mowbrayのポークパイの話しをしていませんでしたね。これは次回も引き続きお菓子百科ならぬ、「イギリス粉もの百科」になりそうです。

第124話 Pork pie~ポークパイ~

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<Pork Pie ポークパイ>

前回に引き続き 「おかし百科じゃないの?」と言われそうなテーマですが、これもまたはずせないイギリス粉ものなのでお許しを。
お肉の詰まったミートパイと言えば、ブリーディーやスコッチパイコーニッシュパスティのように温かいパイを想像しがちですが、「ポークパイ」と呼ばれる豚肉のパイに関しては話しは別。別名「ピクニックパイ」なんて呼ばれることがあるように、ピクニックに持っていったり、前菜のコールドミートのひとつとして、温めず、そのままの状態でいただきます。なにせこのポークパイ、ひと手間かけてあり、お肉が焼き縮んでできるパイとお肉の間の空間にゼラチン入りのストックを流し固めてあるのです。温めたらせっかくのゼリーが溶け出してしまいますから、勿体無いもったいない。小さいものから、切り分けて食べるとっても大きなものまでサイズもいろいろ揃うポークパイ。スーパーのお惣菜コーナーでも買えますが、お肉屋さんはご自慢の手作りポークパイを並べているところも多いので、できればお肉屋さんで買うのがおススメ。切れ端のお肉も上手に使いきれるポークパイはお肉屋さんにとっても助かる存在なのかもしれません。周りのペストリーも、お肉屋さん向け。他のバターを使うペストリーと違い、ポークパイに使用するのは「ホットウォータークラストペストリー」。これはラードと水を煮立てたものを油脂として小麦粉に混ぜ込んで作るもの。あっという間にできて丈夫、かつラードですからお肉屋さんにとっては身近な材料でできるというわけです。

大小さまざまなメルトンモウブレイのポークパイ

大小さまざまなメルトンモウブレイのポークパイ

というわけでイギリス中で気軽に買えるポークパイですが、このポークパイで名を馳せているのがLeicestershireにあるMelton Mowbray。この町がどこにあるかは知らなくとも「メルトンモウブレイポークパイ」を知らないイギリス人はいないくらいに有名なポークパイです。コーニッシュパスティーと同じく、EUによるPGI(Protected geographical indication 地理的表示保護)に指定されているので、決められた地域内で、定めれた製法、材料で作られたものでないと、「メルトンモウブレイポークパイ」とは呼べません。他のポークパイとの違いとしては、生のお肉を使う点。他所のポークパイは一度保存用に塩漬けされたお肉などを使うことが多いため、中身はピンク色。でもメルトンモウブレイのものはグレーがかっています。そしてサイドのペストリーが樽のように外側に膨らんでいる点。これは型を使わずに作る「hand raised」という製法で作るから。瓶などを使って生地を筒状に形作り、その中にお肉を詰めて蓋をして焼くので、焼いている間に側面がまっすぐではなくたわんだ形になるのです。専門店では 木で作ったdolly(ドリー) と呼ばれる専用の型を使いペストリーを形作ります。この専用のドリーを作り出したのが、今もメルトンモウブレイの町で1851年からポークパイを売っているというDickinson & Morris の創業者 John Dickinson氏のおばあちゃん、Mary Dickinson さんという話しも。

有名なDickinson&Morris と右下の写真が 「wooden dolly」 ☆

有名なDickinson&Morris と右下の写真が 「wooden dolly」 ☆

それにしても、この町で主婦が専用の道具を考え出すほどにポークパイ作りが盛んになり、かつ全国にその名をとどろかせるほどに有名になったのはなぜなのでしょう?それにはメルトンモウブレイが位置する場所が大きく関わっています。この周辺で生産されているものに、あの世界3大ブルーチーズのひとつ、スティルトンチーズがあります。このスティルトンチーズ作りで大量にできる副産物、ホエイを養豚に利用していたため、昔から豚の飼育がとても盛んだったということ。それともうひとつ、18世紀後半から19世紀初頭にかけて、この辺りは狐狩りの猟場として有名で、イギリスでも有数のフォックスハンティングのメッカでした。ここを訪れるハンターたちが地元の人たちが食べるパイを目にし、その丈夫なパイは野山を激しく馬で駆けめぐる際に携帯するお弁当にもぴったりだと、人気を呼んだのです。折りしも猟の季節は秋冬、1年大事に育てた家畜を屠る季節、ポークパイをせっせと作る季節と重なっていたのです。型を使わずに作るメルトンモウブレイのポークパイは焼いた後、普通のパイより余計にペストリーとお肉の間に隙間が出来ます。この間に空気があると、お肉の長期保存には不向き。そこで、肉をとった後の骨を濃く煮出してとったストックを流し込んで冷やし固めることにより空気を押し出し、より長期保存を可能に。このゼリーのおかげで隙間がなくなり、狩りの途中落としてしまってもペストリーが壊れにくいという利点もあったのだとか。美味しい上に、日持ちして持ち運びに最適、しかもここは当時往来も賑やかな街道沿いの町、これはイギリス各地に送られ広まっていったのも当然の話しです。

メルトンモウブレイのティールームのアフタヌーンティーはさすがポークパイ付き!

メルトンモウブレイのティールームのアフタヌーンティーはさすがポークパイ付き!

地の産物と地の利を生かして育まれたメルトンモウブレイのポークパイ、今では彼の地に行かずとも、イギリス中のスーパーでも手に入りますが、思い切って足を伸ばし、本場で美味しいスティルトンチーズとポークパイを試食する旅なんていうのも楽しい思い出が出来そうですね。この町にはパイやチーズのセイボリーものだけではなく、実は有名な甘いものもありますし、、、。

 


 

第125話 Melton hunt cake~メルトンハントケーキ~

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<Melton hunt cake  メルトンハントケーキ>

さて、前回はMelton Mowbray の有名なポークパイのお話しをましたが、その元祖とも言うべき1851年創業のDickinson and Morris のもうひとつの名物が「Melton hunt cake (メルトンハントケーキ)」。お店に入ると、ポークパイやソーセージ、その他美味しそうなパイが並ぶショーケースとは別に、チャツネやピクルス類などと共にそのケーキが売られています。いかにもどっしりとした典型的なイギリスのフルーツケーキの顔をしたそのケーキ。表面にはアーモンドと真っ赤なドレンチェリーが飾られています。その知名度はポークパイやスティルトンチーズには遠く及びませんが、それでもメルトンモウブレイの町のお土産品としてはそれらに続く存在。歴史もポークパイに負けず劣らず長く、1854年から代わらぬレシピで作られています。

アーモンドとチェリーののったどっしりフルーツケーキ(Dickinson & Morris のHPより)

アーモンドとチェリーののったどっしりフルーツケーキ(Dickinson & Morris のHPより)

このケーキを作り始めたのがやはり、このDickinson and Morris の創業者 John Dickinson 氏。その名の示すとおり、当時はこの周辺で非常に盛んだったフォックスハンティングのために作られたケーキでした。でも、ハンティングの携帯食として便利だったポークパイは分かりますがこのケーキはいつ食べたのでしょう?ポークパイの後のデザート?それとも狩りの後のお茶の時?いえいえ、実はハンティングが始まる前。狩りのスタートを待つ騎乗した参加者たちに、グラスあるいは「stirrup cup」に注がれたシェリー酒やパンチなどのお酒と共に一切れのケーキが振舞われる習慣があったのです。
Stirrup cupとは底の部分が狐や鹿、猟犬などの形をした不思議な形のカップ。ダウントンアビーをご覧になられた方ならもしかして憶えているかも?メアリーとトルコの外交官パムークが出会う、あの狩りのシーン。馬に乗った紳士淑女の間をトーマスがケーキを、ウイリアムがサーブしてまわっていたお盆の上にはお酒の注がれたそのカップが。あの時のカップはお盆に立つような形のカップでしたが、底部分が動物の頭の形をしているので、下に置くことが出来ない形状のものも多く存在します。もちろん馬の上で受け取るものなので、飲みかけでテーブルに置くことなどは想定しなくてよいのでしょうが、いずれ多くの従者がいることが前提の形です。それにしてもさすが貴族や富裕層のためのスポーツであり、娯楽であったフォックスハンティング、馬の上でまでそんな特別なカップとケーキの時間があるなんて、なんともはや優雅としか言いようがありません~と、話しがカップの方に移ってしまいました、閑話休題。メインはそのケーキのほうでした。その狩りにでる前にサーブされるケーキとしてJohn Dickinson氏が作り出したのが、件のメルトンハントケーキだった、と言う訳です。その後、フォックスハンティング自体は動物愛護の観点から、向かい風が強くなり、法律で禁じられるまでになりますが、メルトンハントケーキはアフタヌーンティーやディナーのあとのデザートとして、一般層にと人気が広まっていったようです。

お土産用のきれいな箱入りの他、食べやすく四角にカットしたものなどがお店には並んでいます☆

お土産用のきれいな箱入りの他、食べやすく四角にカットしたものなどがお店には並んでいます☆

このメルトンハントケーキのようにサルタナやカランツがこれでもかと入り、焼成後、ブランデーやラムなどのお酒を塗りつつ熟成させるようなケーキをイギリスでは「フルーツケーキ」といいます。普段のお茶の時にも食べますが、クリスマスやウエディング、お誕生日など、特別な時にはマジパンとシュガーペーストで美しいデコレーションを施して必ず登場する大切なケーキ。日持ちがすることでも知られていますが、なんと先日、齢106歳のフルーツケーキが発見されたと言うのです。しかもその場所は南極。かの有名なスコット探検隊が持ち込んだと思われるそのフルーツケーキは紙で包まれ、缶に入っていました。缶は大分傷んでいたようですが、驚いたことに中のフルーツケーキは、軽く油(バター)の酸化したような臭いがする以外はまったくの無傷。食べられる状態にあったとのこと。確かに写真だけ見ると、とても作られてから106年も経っているようには見えません。もちろん南極ですから、ずっと冷凍状態にあったわけですが、それにしてもさすがイギリスのフルーツケーキ。日本の軟弱なショートケーキではこうはいかないでしょう(笑)。ちなみにこのフルーツケーキのメーカーは1822年創業のビスケットメーカーHuntley &Palmers社のもの。栄養たっぷりで日持ちもし、丈夫なフルーツケーキはハンティングだけでなく、南極探検にも最適だったようです。

イギリスにはとにかく欠かせないフルーツケーキ☆このどっしり感がたまりません

イギリスにはとにかく欠かせないフルーツケーキ☆このどっしり感がたまりません

さて今日はいろいろ脱線したような気もしますが、地方のフルーツケーキとしてはダンディーケーキと共に名の通ったメルトンハントケーキのご紹介でした。そうそう、肝心のメルトンハントケーキのお味のほうは、ラム酒の効いたどっしり安定の美味しさのフルーツケーキです。

 

第126話 Boiled fruit cake/ Yorkshire fruit cake ~ボイルドフルーツケーキ/ヨークシャーフルーツケーキ~

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<Boiled fruit cake/ Yorkshire tea loaf/Yorkshire fruit cake ボイルドフルーツケーキ/ヨークシャーティーローフ/ヨークシャーフルーツケーキ>

「Boiled fruit cake(ボイルドフルーツケーキ)」~茹でケーキ?なんだかあまり美味しそうな響きではありませんが、これも実にイギリス的な例のドライフルーツぎっしりの「フルーツケーキ」の一種。「ボイルド」と言っても、いつぞやご紹介した昔のスポテッドディックのようにお湯にドボンとつけて本当に茹でてしまうわけではありません。お鍋にドライフルーツとお砂糖、お水(または牛乳)やバターなどの材料を入れてボイルして作るから、ボイルドフルーツケーキという名前なのです。お鍋の中身の粗熱がとれたら、お次はそこに卵や小麦粉を入れればもう生地は完成。お鍋と木のスプーンがあればできてしまう、超お手軽2ステップフルーツケーキ。室温にもどしたバターにお砂糖をすり混ぜて~、あら、気をつけていたはずなのに卵を入れたら分離しちゃった~なんて心配はゼロ。頑張って混ぜすぎて腕が筋肉痛になることもありません。このボイルドケーキ、その簡単さから、今の時期になると別の名で呼ばれることも。その名も「Last minute Christmas cake」。ふと気がつくと12月ももう半ば。今からでは熟成させなくてはいけないクリスマスケーキクリスマスプディングを作るにはもう間に合わない!こんな時の救世主、今からでも間に合うクリスマスケーキ~としてよく紹介されているのでした。確かに丸型で焼いて、マジパンとシュガーペーストでコーティングすれば充分に役割は果たせそう。

イギリスで教えてもらったボイルドフルーツケーキ、あまりの簡単さにびっくり☆

イギリスで教えてもらったボイルドフルーツケーキ、あまりの簡単さにびっくり☆

さて、ボイルドケーキの作り方を見て思い出すのはウエールズのバラブリス。あれは、ドライフルーツを紅茶に漬け込んでおいて、そこにどんどん他の材料を混ぜていくという作り方でしたね。このボイルドフルーツケーキでもお水や牛乳の代わりに紅茶を使う人もいます。そうすると、「Yorkshire tea loaf(ヨークシャーティーローフ)」「Yorkshire brack(ヨークシャーブラック)」と呼ばれるものに近づいていきます。それらは場所が変わるとただシンプルに「fruit teabread(フルーツティーブレッド)」と呼ばれることも。ちなみにボイルドフルーツケーキと、他のヨークシャーティーローフ・ブラック・バラブリスなどとの違いは、前者はバターやマーガリンなどの油脂類と、卵が1~2個入る割合リッチな配合。後者は油脂分は入らず、卵も大抵1個だけのリーンな配合で少し弾力のある食感、という点。そしてケーキ自体があっさりしている分、バターをたっぷり塗って食べることが多いというのも特徴です。とは言え、名前もレシピも明確な決まりや線引きはないので、一概にそうとばかりも言いきれないのではありますが。

ヨークシャーフルーツケーキに添えられるチーズの厚さはお店によりけり。。。

ヨークシャーフルーツケーキに添えられるチーズの厚さはお店によりけり。。。

ついでにいくつか紛らわしい名前のものをあげてしまうと~「ヨークシャーフルーツケーキ」なるものもあります。こちらも前もってドライフルーツを紅茶に漬けておきますが、ケーキの生地自体はいつものフルーツケーキのように、バターにお砂糖、卵と順にすり混ぜていき、最後に粉類とその紅茶漬けのフルーツを混ぜ込むという作り方。つまり、いつものフルーツケーキの紅茶漬けフルーツ入りバージョンということ。このヨークシャーフルーツケーキをヨークシャーのティールームなどでお願いすると、同じ地方の名物であるウエンズリーデイルチーズが添えられてくることがよくあります。ウエンズリーデイルチーズは、白いほろっとした食感の癖のない優しい味のチーズ。塩分も少なく軽い酸味があるので、重いドライフルーツのケーキと一緒に食べると、濃厚な甘さのケーキを程よく緩和し、なかなかのコンビネーション。一口食べれば、チーズを添えるなんてよりヘビーになるのじゃないかという心配を払拭してくれます。そして「ヨークシャーティーケーキ」。こちらは以前ご紹介した横半分にスライスし、トーストしてバターを塗って食べる丸いレーズンパンのような、あのティーケーキのヨークシャー版。これは一般的なティーケーキとそう変わらないような。。

ヨークシャーブラックとヨークシャーティーケーキ☆

ヨークシャーブラックとヨークシャーティーケーキ☆

最後にもうひとつだけ。先ほど名前がちらりと登場した「Yorkshire brack(ヨークシャーブラック)」。私はこれをしばらく勝手に、ブラックティーにドライフルーツを漬けておくからそういう名前なのだろうと思い込んでいたのです。が、実はスペルをよく見るとBlack(黒)ではなく、「brack」。全然違うではないですか。思い込みとは怖いもの。答えは これと同じ名前を持つアイルランド地方のケーキ「Barm brack(バーンブラック)」にあったのですが、こちらについては長くなりそうなのでまた次回に~。

 

 

第127話 Barmbrack ~バーンブラック~

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<Barmbrack バーンブラック >

「Barmbrack (バーンブラック)」。最初にその名を聞いた時は、真っ黒焦げのケーキ?なんて想像したこのお菓子はアイルランドを代表するティーフーズ。もちろん真っ黒焦げケーキなんかではありません。お店により、家庭により、さまざまなバリエーションがあり、配合も形もかなり幅がありますが大きく分けると2タイプ。イーストで膨らませるタイプとベーキングパウダーや重曹を膨張剤に使うタイプ。どちらもたっぷりのドライフルーツが入るのは共通ですが、イーストを使う前者がより伝統的なタイプです。形のほうは、ベーキングパウダーを使うケーキタイプは大抵ローフ型。イースト使用のパンタイプはやはりローフ型で焼くこともありますが、丸いケーキ型で焼くか、あるいはただ大きく丸めて、そのまま天板にのせて焼くことのほうが多いよう。どちらもスライスしてバターを塗りお茶のお供にいただきます。ちょっと日が経って乾いてきたら、軽くトーストしてまたバターをたっぷり塗って食べれば美味しいので、一度作っておくとしばらく楽しめます。

イーストで膨らませるより伝統的なパンタイプのバーンブラック☆

イーストで膨らませるより伝統的なパンタイプのバーンブラック☆

ドライフルーツが入り、イーストを使ったパンタイプとベーキングパウダーで膨らませるケーキタイプがあると言うと、思いだすのがウエールズ地方のバラブリス。これと非常に似ています。ケーキタイプのほうは前もってドライフルーツを紅茶に漬けておき、それを粉類と混ぜて作るので、本当にバラブリスとそっくり。そっくりなのは姿かたちだけではありません。実は名前の由来も似ています。Barmbrack(ゲーリック語でbáirín breac) の「barm」はエールイースト(ビール酵母)を意味するbairm あるいはbermaからきており、brackはドライフルーツが散っている姿から「ぽつぽつと斑点のある」という意味。ウエールズ語で「斑点のあるパン」を意味するバラブリスのアイルランドバージョンと言う訳です。あえて違う点を探すとすれば、ケーキタイプを作る際、ドライフルーツを紅茶に漬けるとき、バーンブラックはアイルランドらしくアイリッシュウイスキーを加えることがあるとういう点でしょうか。

ケーキタイプのバーンブラックは紅茶漬けのフルーツ入り☆

ケーキタイプのバーンブラックは紅茶漬けのフルーツ入り☆

さて、今でこそ1年中紅茶のお供として愛されているバーンブラックですが、伝統的には(イーストで膨らませるタイプを)特にハロウィーン時期に食べるものでした。そしてトゥエルフスナイトケーキ、あるいはクリスマスプディングのように、中には小さなラッキーチャームをひそませ、吉凶占いを楽しんだのです。「コイン」は富、あるいは幸せを、「指輪」は1年以内の結婚を暗示します。ここまではいいのですが、中にはあまり当たりたくないものも。「豆」は1年以内の結婚はなし、「布切れ」は貧困を、「小枝」はハッピーではない結婚生活、あるいは絶えない喧嘩を、「指貫」は一生独身を示すと言うのだから恐ろしい。。。今では指輪かコインだけを入れるのが主流とのことで、ちょっと一安心ですが。大体パンの中に布切れや小枝を入れるって、、。

「Irish brack(アイリッシュブラック)」あるいは短く「Brack(ブラック)」と呼ばれることもある、このお菓子。アイルランド以外でも、例えばヨークシャー地方では「ヨークシャーブラック」、あるいは「ブラック」という名でケーキタイプのものが食べられています。また、パンタイプのバーンブラックはイギリス国内の大きめスーパーなら袋入りのものをパン売り場で見かけることがあります。一見何の変哲もないレーズンパンのように見えるので見逃しがちですが、もし目に入ったら是非お試しを。スライスして、たっぷりのバターと熱い紅茶がお約束です。

 

 


第128話 Lincolnshire plum bread/ loaf~リンカーンシャープラムブレッド/ローフ~

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<Lincolnshire plum bread/loaf リンカーンシャープラムブレッド/ローフ >

「リンカーンシャープラムブレッド」または「リンカーンシャープラムローフ」。イングランド東部に位置するリンカーンシャー名物のお茶のお供。「ティーローフ(フルーツ入りのローフ型ケーキあるいはパン)」としてはかなり有名な部類に入るこのお菓子、実際のところ、他のティーローフ類とそう大きく変わるわけではありませんが、とにかくその名はイギリス中で広く知られています。でもプラムが入っているのなら他のティーローフとはちょっと違うのでは?と思われるかもしれませんが、これは昔、クリスマスプディングをプラムプディング、フルーツケーキをプラムケーキと呼んだように、サルタナやレーズンなどのドライフルーツ入りという意味で、実際にプラムが入っているわけではありません。そして、「ブレッド」と名がつくものの、イースト入りのパンタイプの他にベーキングパウダーや重曹で膨らませるケーキタイプが存在するのも、以前ご紹介した「バラブリス」や「バーンブラック」と一緒。レシピにこうでなくてはいけないという厳格な決まりもなく、各家庭に伝わるレシピをそれぞれが大切に作り続けているといった感じです。ドライフルーツを紅茶に浸す派、浸さない派、バターを使う人にラードを使う人、加えるスパイスも人それぞれ、イーストを使ったパンタイプのレシピもあれば、ベーキングパウダーで膨らませるケーキのようなレシピの家庭もあるといった具合。とにかく共通するのはドライフルーツがたっぷり入るということ、そしてたっぷりのバターまたはチーズを添えて食べるという点。チーズを添えていただくのはヨークシャーフルーツケーキとも似ていますね。

これはイーストタイプ、バターの他にチーズの塊が添えられています☆

これはイーストタイプ、バターの他にチーズの塊が添えられています☆

現在は年間を通して、お茶の時間に、朝食にと食べられているこのプラムブレッド、伝統的にはクリスマスに食べるものでした。確かにたっぷりのドライフルーツやバターを入れたリッチなパンですから、それらが高級品だった当時、庶民が毎日食べられるものでなかったのは当然のこと。その土地によっては、クリスマスシーズンになると、来る12ヶ月の幸運を願い、12個のプラムブレッドを焼き、親戚や大切な友人や隣人に贈る風習があったのだそう。この各家庭で毎年12個焼いて、、という風習は消えてしまったものの、今もフェスティブシーズンになるとプラムブレッドを贈る習慣はわずかに残っているのだとか。

リンカーンの大聖堂周辺にはティールームも沢山あります☆

リンカーンの大聖堂周辺にはティールームも沢山あります☆

リンカーンシャーでかなり長いこと親しまれてきたと思われるこのプラムブレッド、一体いつ頃から作られているのか正確なところは分かりません、ただ、商品として最初に作り始めたのはリンカーンシャーの小さなマーケットタウンAlfordの Charles Myersさんだといわれています。1901年、ダービーシャーからAlfordに引っ越してきて、風車と小さなお店を購入したMyersさん。その風車で挽いた粉を使い焼いたプラムブレッドは風味豊かでたいそう美味しく、村でたちまち評判になったのだとか。その後彼の息子たちがあとを継ぎ、現在は同じくリンカーンシャーのHorncastleという町にベイカリーMyers を構えています。隣接するカフェでは今も、紅茶と共にオリジナルを名乗るそのプラムローフをいただくことができます。ここまでいくのは難しくともリンカーンシャー辺りを通り掛かれば、リンカーンプラムブレッドをいただけるティールームやベイカリーはたくさんありますので、巡りあったら是非お試しを。あるいはもし観光でリンカーンの町を訪れるのなら、有名なリンカーンキャッスルや大聖堂の見学後、辺りを見廻せばきっとぴったりのティールームが見つかるはず。紅茶と共にチーズ付きのティーローフをいただけば、次の観光へのエネルギー補給もきっとばっちりです☆

第129話 Rutland plum shuttle/ Lancashire courting cake~ラットランドプラムケーキ/ランカシャーコーティングケーキ~

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<Rutland plum shuttle/ Lancashire Courting cake ラットランドプラムシャトル/ランカシャーコーティングケーキ>

「Rutland plum shuttle(ラットランドプラムシャトル)」。イングランド中央部に位置するラットランドはイングランドの中では一番小さなカウンティ、前話の「リンカーンシャープラムブレッド」のリンカーンシャーのお隣の県で、かつプラムつながりということで、今日ここに登場と相成ったわけですが~ラットランドは地名、プラムは前回ご説明したとおり、サルタナやカランツなどのドライフルーツ入りということ、では最後の「シャトル」とは? Shuttle とは織機で緯糸(よこいと)を通す舟型の杼(ひ)のこと。つまり「ラットランドプラムシャトル」はシャトルの形をしたドライフルーツ入りのラットランドのお菓子ということ。正確にはお菓子というより前回のリンカーンシャープラムブレッド同様イーストを使ったパンのお仲間。ほんのり甘く、時には干しぶどうの他にオレンジピールやキャラウェイシードも入っており、とんがった先っちょはカリっと、中はふんわりのとっても美味しいパン。1890年頃にはすでに焼かれていたという記録の残るこのパンは、日々のお茶菓子用ではなく、特別な時に食べるものでした。このパンのもうひとつの名前は「Valentine bun(ヴァレンタインバン)」。2月14日のヴァレンタインデイに愛する人に、あるいは大人から子供たちに贈るためのパンでした。ラットランドの中でも特に、Market Overton という小さな村がこの風習でよく知られていましたが、今は昔、手作業の機織り同様プラムシャトルも姿を消していってしまったようです。この地域の女性のいつも身近にあったシャトルを模して作られたパン、一段一段機を織るという行為には女性の思いが込められているようで、ハート型にも匹敵するなかなか良い形だなと思うだけにちょっぴり残念。plum shuttle

愛する人に贈るお菓子というので、もうひとつご紹介しておきたいのが、Lancashire の「Courting cake(コーティングケーキ)」。こちらはヴァレンタインデイオンリーではないのですが、同じく好意を寄せる男性やフィアンセに愛や信頼の証として贈るケーキ。どのようなケーキかと言うと~、いくつかタイプあるようですが、一番知られているのは、ヴィクトリアサンドイッチとショートブレッドの中間くらいの生地と表現される、ちょっとしっかりめのスポンジ生地でホイップした生クリームといちごをサンドしたもの。バターにお砂糖、卵に小麦粉が同量ずつ入るヴィクトリアサンドイッチより、小麦粉の割合を多くして作ります。もうひとつは、ホイップした生クリームといちごをサンドするというのは一緒なのですが、下の段が、ちょっと厚めのショートブレッド生地、上にのせる生地が先ほどと同じ固めのスポンジ生地というもの。さすが愛を示すケーキ、生地は違いますが、一見日本のショートケーキにも似た、地方のイギリス菓子にしては可愛らしいケーキです。

地方菓子にしては珍しく、なかなか見た目はラブリー系です☆

地方菓子にしては珍しく、なかなか見た目はラブリー系です☆

でもちょっと現代の香りがしなくもないこれらのスタイルより、より伝統的だと言われているのが、さらに生地がショートブレッドに近づいたもの。それはラブインした粉とバターに(粉とバターをパン粉状にぽろぽろにすり合わせること)、お砂糖と卵を加えてまとめ、その生地で熟れたいちご、あるいはいちごジャムをサンドして焼き上げます。昔の若い女性にとって生クリームは高級品。より身近な材料だけで作れるこちらのタイプのほうが現実的、かつ手渡すにも勝手が良さそう。~といくつか種類を挙げてみましたが、コーティングケーキはその地域や家庭ごとに伝わるレシピで作られてきたため、お決まりの配合というものはないようです。女性はご自慢のベイキングの腕を示すことができ、男性は一生添い遂げることになるかもしれない女性の料理の腕前を知ることが出来るこのコーティングケーキ、ヴァレンタインのチョコレートよりは、大分男女の腹の探りあい的な要素を秘めているような。。。このケーキの全盛期は産業革命まっただ中の頃、ランカシャーの男性は多くが鉱山や重工業に、女性は女性で綿織物などの労働に従事しており、若い男女が知り合える場も少なく、フィーリングの会う相手を見つけたらすぐに好意を示さなくては次のチャンスがいつ来るか分からないという時代。ケーキを贈る相手はまだ深くお互いを知り合う前のこともあったようですから、そのケーキにはいろいろな意味が込められていたような気がしてしまうのです。

見た目地味ですがお味はとってもGood☆

伝統的なコーティングケーキは見た目地味ですがお味はとってもGood☆

近年、こういった伝統的なケーキが、地元のベイカリーやニューオープンのお店によって復活!という話題をよく耳にします。もちろん、それはとても喜ばしいことなのですが、コマーシャル的にそのお菓子が商品として店頭に並んでも、一度消えてしまったお菓子が本来の風習を伴って蘇るのは難しいもの。なんとか今生き残っている伝統的なお菓子たちだけでも、その灯火が消えてしまわないよう踏ん張って欲しいものですね。

第130話 Jumbles / Bosworth jumbles ジャンブルズ/ボズワースジャンブルズ

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イギリスおかし百科


<Jumbles/Bosworth jumbles ジャンブル/ボズワースジャンブル>

「Jumble=ごちゃ混ぜにする」。そんな名前のついた今日のお菓子は、なかなか長~い歴史を持つ、由緒正しき生まれのお菓子。Bosworth jubles(ボズワースジャンブル) という名でも呼ばれていますが、これは1485年、LeicestershireのBosworthで繰り広げられた、ランカスター家とヨーク家の有名な戦い「Battle of Bosworth(ボズワースの戦い)」に由来しています。この戦いで勝利を収めたランカスター家のHenry Tudor が後のイングランド王ヘンリー7世となり、テューダー朝の幕開けとなるわけですが~今日の主役「ジャンブル」は戦いに負けたヨーク家のリチャード三世のお気に入り。この戦で戦死したリチャード三世や彼のお抱え料理人と共にボズワースの戦場で見つかったのがこのビスケットのレシピだったと言われています。

現代版ジャンブルはS字シェイプのビスケット☆

現代版ジャンブルはS字シェイプのビスケット☆

現代のレシピではjumble(ごちゃ混ぜにする)という名のとおり、材料を全て混ぜ合わせて生地を作り、棒状にのばしたそれをS字型に形作ってオーブンで焼くというもの。材料も、バターにお砂糖、卵に小麦粉、それにレモンの皮で風味付けという、リッチで食べやすい配合のビスケットタイプのことが多いのですが、リチャード三世がお気に入りだったという当時のものとは大分違うようです。

昔のジャンブルは形が凝っています☆

昔のジャンブルは形が凝っています☆

今のところ見つかっている中で最も古いジャンブルのレシピのひとつとされているのがThomas Dowsonによる「The good Huswifes Jewells(1585)」のもの。これによると~20個の卵に1パウンドの砂糖、1/4ペック(1peck=8quart)の小麦粉で生地を作り、それにアニシードを加えて長く伸ばしたら、結び目をつくり、その両端にはローズウォーターを塗ってしめらせてつないでおきます。お鍋にお湯を沸かしてこれを茹で、布にのせて水気を切ったら、オイルを塗った天板にのせてオーブンで焼きましょう~というもの。現代版との大きな違いは、香り付けにアニシードを使うこと、一度焼く前にゆでる点、そして形。この後も多くの本にジャンブルは載っているのですが、それぞれ少しずつ違っています。スペルもJambles、Jumbals,、Jumbolds・・・などなどいろいろなのですが、例えば1672年の「The Queen Like Closet or Rich Cabinet」Hannah Wolley 著に登場する「Jumbolds」 はキャラウェイシードとコリアンダーシード、アニシードにローズウォーター入りで、茹でずにオーブンで焼くだけ。形は Tie them in Knots となっているので、やはり結んだ形。焼く前にゆでるタイプのもは初期の間だけで見かけなくなるのですが、このKnot(結び目)というのはジャンブルの特徴として、この後もつづいていくため、S字シェイプが主流となった今もジャンブルはKnots(ノッツ)と呼ばれることも。さて、その結び方ですが、ダブルノッツと呼ばれる二回結びからいわゆるプレッツェル形、迷路のように複雑に組まれたものものまで、形は実にさまざま。あまりに難しく組んでしまうと茹でるのは一苦労ですが、ただオーブンで焼くタイプなら相当凝っていてもいけたでしょう。

下の写真の上2つが茹でてから焼いたもの、下ふたつがただ焼いたもの。

下の写真の上2つが茹でてから焼いたもの、下ふたつがただ焼いたもの。

18世紀にもっとも人気があったというジャンブルはかなり硬く焼き、ワインとともに供することが多かったよう。ヴィンサントに浸して食べるイタリアのビスコッティーのような感覚。このように硬く焼きしめられたビスケットは長い移動に最適、そのため似たようなタイプのビスケットはイタリアはじめヨーロッパ各地で見受けられます。先ほど、このジャンブルと言う語には、「ごた混ぜ」という意味があると言いましたが、実は名前の由来は別にあります。Twins(双子)を意味するラテン語のgemellus、これが語源と言われています。やはり同じ語源を持つものにgimell ring(二つのリングが組み合わさった形の指輪)がありますが、これは15~16世紀当時の権力者の象徴。そして砂糖やスパイスも同じく富裕層しか手に入れることの出来なかった富の証。このジメルリング、ジャンブル共にその形からついたラテン語ベースの名前なのでした。

そう言えば、先ほど言及するのを忘れていましたが、あの一度茹でるタイプのジャンブル。これが思ったより美味。お湯に入れるとむにゅっと膨らんで、まるで生茹での太いうどんの様な見た目になりますが、その後オーブンで焼くと、表面が張って、まるでベーグルのような肌艶感。ただ焼いたものより若干歯ごたえが増し、これは日持ちしそう。そうですよね、イーストこそ入らないものの、茹でて焼くという手法はベーグルと一緒ですから。キャラウェイの香りも、好みはありますが、わたしは好きなので問題なし。日持ちしそうなんて言っておきながら、あっという間にどこかに消えてしまいました。薔薇戦争に思いを馳せながら(お勉強しなおしながら)、ワインと共にゆっくりいただこうかな、なんて思っていたはずなのに(笑)

 

第131話 Norfolk vinegar cake / Trench cake ~ノーフォークビネガーケーキ/ トレンチケーキ~

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<Norfolk vinegar cake/ Trench cake ノーフォークビネガーケーキ/トレンチケーキ>

「Norfolk vinegar cake(ノーフォークビネガーケーキ)」。その名もずばり、イングランド東部ノーフォークのお酢入りケーキ。酢飯ならいいけれど、酢ケーキはそそらないわね~と思われたあなた、大丈夫です、その名を言われなければお酢感は全くありません(^^)。お酢はひとつのホールケーキに大さじ1~2杯とそれなりに入ってはいるのですが、頑張って探ってみても痕跡を見つけられないほど、焼いている過程でその風味は飛んでいってしまいます。ケーキ自体は一見とってもシンプルないつもの干しぶどう入りのプレーンなケーキ、~に見えるのですが、実はこのビネガーケーキ、ケーキ作りには欠かすことの出来ないあるものが入っていません。それは、卵。でもちゃんと膨らんでいるし、食べてみても、まぁ、言われてみればいつものケーキに比べれば多少はしっかりしているような気もするけれど、でも卵が全く入っていないとは思わない食感。ひとさじふたさじ加えるお酢が、一緒に加える膨張剤としての重曹と反応し、ケーキにふっくら感を与え、卵の代わりをしてくれているのです。

卵の代わりにお酢入りだなんて全然気づきません☆

卵の代わりにお酢入りだなんて全然気づきません☆

ここでちょっと重曹について簡単におさらい。重曹は炭酸水素ナトリウムのこと。これにお水と熱を加えると、二酸化炭素を発生させ、このガスがケーキをぷ~っと膨らませてくれるわけですが~この炭酸水素ナトリウムはアルカリ性、ここに酸性のものを加えてあげると、よりガスの発生を促し、さらにケーキを持ちあげてくれるというわけです。後に発明されたベーキングパウダーはこの酸性の物質をはじめから重曹にまぜ合わせたもの。ですが、ただ混ぜただけだとすぐに反応が始まってしまうので、その隔離剤として、コーンスターチなどが一緒に配合されています。じゃあ今の時代はいつもベーキングパウダーでいいんじゃない?と思いますが、重曹は重曹で、ベーキングパウダーとはまた違う、独特の香りや食感を生む効果があり、それを利用したいお菓子もあるわけで、一概にそうとも言い切れないのです。もちろん細かいことは気にしないわ~という方は両者を置き代えていただいても構わないのですが、気をつけたい点がひとつだけ。ベーキングパウダーの重量のうちかなりの割合が隔離剤としての粉、実際に含まれる炭酸水素ナトリウム(重曹)の量はそう多くありません。ベーキングパウダーに比べて、いつもレシピの重曹の量が少ないのはそのため。粉に重曹を加えるときはいつものベーキングパウダーの半分くらいにしておかないと、膨らみすぎて妙な食感の苦~いケーキになってしまうのでご注意を。

お酢は重曹の苦みも押さえてくれるそう☆

お酢は重曹の苦みも押さえてくれるそう☆

さて、話しをビネガーケーキに戻しましょう。ノーフォークの名物として知られていたビネガーケーキですが、この卵を使わずケーキを作れるということから、第一次世界大戦から、第二次世界大戦中、そして戦後しばらく続いた食糧難の時代にイギリス中にいっきに広がり重宝されます。当時の食糧配給表を見てみると、成人ひとりあたり、一週間につき、お砂糖は8oz(225g)とそれなりにあったものの、卵はたった1個、もしくは2週間にひとつだけ。冬のにわとりがあまり卵を産まない季節には粉末状の乾燥卵だけということも多く、卵はとても貴重品だったのです。貴重な卵を何個も使うヴィクトリアスポンジなどは夢のまた夢。そんな中このビネガーケーキは救世主。小麦粉に油脂をラブイン(スコーン作りのように、粉とバターをさらさらのパン粉状にすること)して、お砂糖と少量のレーズン、重曹とお酢を混ぜた牛乳を加えて混ぜるだけで、それらしきケーキを作れたのですから。現代のリッチな配合のお菓子に慣れ親しんだ舌には少々物足りないかもしれませんが、当時の質素な暮らしの中では、子供たちはじめ大人も楽しみなケーキだったことでしょう。

ここでもうひとつご紹介しておきたいのが、「Trench cake (トレンチケーキ)」。みなさんトレンチケーキは聞いたことがなくとも、トレンチコートはご存知のことと思います。第1次世界大戦中、軍用コートとして開発されたそれは、頻発した塹壕戦で水と寒さへの耐久性が認められトレンチコートと名がついたのですが~そのトレンチとは日本語にすれば塹壕(ざんごう)。戦場の前線に掘るあの塹壕のことです。当時戦場に戦いに出ている家族や恋人のために、限られた材料の中から日持ちするケーキを焼き、手紙と共に送られたのがトレンチケーキ(塹壕ケーキ、、、すごい名前ですね)。材料や作り方はほぼビネガーケーキと一緒。ただ、ほんの少しココアパウダーが加えられることが多かったようです。質素なケーキではありますが、乾いたビスケットや缶詰の食事、死と隣り合わせの戦場の生活の中、遠く離れた家族から届いた甘いケーキはどれだけの喜びを与えたか計り知れません。レシピを載せておきますので、ご興味のある方は是非味わってみて下さい。

素朴なケーキ好きとしては、トレンチケーキも決して悪くないお味と思うのですが☆

素朴なケーキ好きとしては、トレンチケーキも決して悪くないお味と思うのですが☆

<トレンチケーキ>

  1. 薄力粉225gとココアパウダー小さじ2をボールにふるい入れ、110gのマーガリかバターを加えて、指先でこすり合わせ、さらさらのパン粉状にします。ここにブラウンシュガー75g、カランツ75g、好みでジンジャーやナツメグひとつまみも加えておきましょう。
  2. 牛乳140mlに小さじ半分の重曹と、小さじ1杯の酢を混ぜ合わせたものを①に加えて、粉っぽいところがなくなるまでよく混ぜ合わせます。
  3. 紙を敷いた直径18cmの型に流して、180℃のオーブンで50分ほど、竹串を刺して何もつかなくなるまで焼いたら完成です。

ノーフォークビネガーケーキと同じく、卵は使わず、お酢とドライフルーツを加えた質素なケーキ。ここではお酢の量もたった小さじ1杯だけですが、お酢を大さじ1~2杯加えるノーフォークビネガーケーキと変わらないくらいに膨らんでくれます。焼きあがったケーキは素朴ながらイギリス菓子らしいしみじみとした味わい。トレンチケーキ、その名前は平和に過ごせる現代の生活に感謝することを思い出させてくれます。

第132話 Nelson squares/ Wet Nelly ネルソンスクエア/ウエットネリー

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<Nelson squares/ Wet Nelly ネルソンスクエア/ ウエットネリー >

前話に引き続き、今日の話題の中心も1940~50年代の食糧難時代のお菓子について~。第二次世界大戦中どころか、戦後8~9年間もつづいたイギリスの食糧配給時代。限られた材料の中で、何とか知恵を絞り、甘いおやつやデザートを作り食卓から家庭を明るく保っていた頼もしいイギリスの主婦たち。ケーキ作りといったら、まずはグラム単位まで材料を計って、あ~でもこの材料がないからお買い物に行かなくちゃ!そんな時代がやって来るなんて想像する暇もありません、創意工夫を凝らし、今、手元にある材料で子供たちを笑顔にすべく、なかなかどうして美味しいお菓子を作り上げていました。小麦粉にはじゃが芋やオーツを加えてかさ増しをしてスコーンやクランブルを焼き、お砂糖が足りなければ人参やビーツなどの甘い野菜を入れたケーキを焼き、特に貴重品だった卵はなるべく使わないですむように、お酢を加えて膨らませる、トレンチケーキやビネガーケーキのようなものを作り出します。またお酢の代わりにバターミルクやサワーミルクといった酸性のミルクを入れて作ることもありました。「Grasmere cake(グラスミアケーキ)」もバターミルクと重曹のおかげで、卵なしで作れるフルーツケーキの一種。

エッグレスですが、固いわけでもないし、これはこれで美味しいグラスミアケーキ☆

エッグレスですが、固いわけでもないし、これはこれで美味しいグラスミアケーキ☆

 

他にこの時代のケーキの材料としてよく登場するのが、コンデンスミルク。以前コンデンスミルクとお砂糖だけでタルトのフィリングを作ってしまった「ジプシータルト」が登場しましたが、やはりこれもこの時代に生み出されたもの。コンデンスミルクはお砂糖やバターのように毎週配給されるものではありませんでしたが、当時、ポイント制度といって、一人当たり月に16ポイントや20ポイントなどと与えられるので、それで必要なものと交換することが出来たのです。衣類や魚類などの他に、缶詰のフルーツやコンデンスミルクなどもその選択肢の中にあったのでした。試しに当時のレシピで作ってみた「コンデンスミルクケーキ」はお砂糖も油脂類も一切使わないのに、焼きあがったのは、家庭のおやつならこれで充分でしょうと思えるフルーツケーキ。まったく、Necessity is the mother of invention(必要は発明の母)、多くのイギリスケーキは主婦たちの材料を大切に使いきる知恵と工夫、どんな状況でもデザートは大切よね!という甘いもの好きの国民性から生みだされている気がします。

ちょっとしっかりめのスポンジにミルキーな甘さのコンデンスミルクケーキ☆

ちょっとしっかりめのスポンジにミルキーな甘さのコンデンスミルクケーキ☆

 

さて今日のタイトル「Nelson squares(ネルソンスクエア)」もそんな材料を無駄にしないお菓子のひとつ。名前は地方により、ネルソンスライス、ネルソンケーキとも呼ばれています。子供たちが学校帰りにでも買えるようにと、ベイカリーでも一切れ1ペニーほどで売られていたそうですが、その安さの秘密は残り物。1日の最後、残り物のケーキや乾いてしまったパンを砕いてボールに入れ、ドライフルーツやスパイスも加えたら、なんとそこに加えるのはお水。全体がしっとりまとまったらフィリングの完成。これをやはり寄せ集めの残り物ペストリーでサンドして焼いたのがネルソンスクエアです。だから、お店によって、あるいはその日の残り物によって、味はさまざま。でもそれもかえって楽しいのかも(笑)。これが1つ目の「ネルソンスクエア」。

スコットランドのブラックバンを思い出す味☆

このタイプのネルソンスクエアはスコットランドのブラックバンを思い出す味☆

もうひとつのバージョンがブレッドプディングタイプ。こちらは乾いてしまったパンを1時間ほどお水につけておき、絞ったパンをちぎってボールに入れ、バターやお砂糖、卵やドライフルーツなどを入れて型に入れて焼いたもの。要は牛乳がお水になっただけでいつものブレッドプディングと似たようなものなのですが、違いがひとつ。それは名前の由来にもなっている「ネルソン」に関係があります。ご推察のとおり、ネルソンスライスのネルソンはイギリスの英雄ネルソン提督。彼がトラファルガーの海戦で亡くなった際、本国に帰還するまで遺体が腐敗しないようにと、ラム酒の樽に入れられて運ばれたというのは昔からまことしやかに語り継がれているお話し(どうやら真実とはちょっと違うようですが)。そこで大抵このブレッドプディングにはひとさじのラム酒、そしてシトラスピールは高価だったので、その代わりにマーマレードが加えられています。どちらのタイプもネルソン提督の生まれ故郷である、Norfolkの名物として有名ですが、後者のブレッドプディングタイプは「Wet Nelly (ウエットネリー)」の名でリバプールの郷土菓子としても知られています。

ブレッドプディングタイプのネルソンスクエア☆

ブレッドプディングタイプのネルソンスクエア☆

また、ブレッドプディングをペストリーでサンドしたような前者のタイプのネルソンスクエアは、ほぼ同じようなものが「Chester cake」「Gur cake」の名でアイルランドで親しまれています。

それにしても、ほぼ同じようなお菓子なのにいろいろな名前があったり、同じ名前なのに、全然違う姿だったり、なんだかイギリスのお菓子ってややこしい!  なんて思ってしまいますよね。でもそれもこれもお菓子がその土地の人々の生活に密着し、親しみを込めた名で呼ばれ、またその土地ならではの変化が加えられながら受け継がれてきたものだからこそ。細かいことは気にせずおおらかな目で見てやってください。そしていつもひとコラムひとつのお菓子についてだけにしようと書き始めるのに、ついつい似たようなお菓子をどんどん引きずり込んでかえってややこしくしてしまう「おかし百科」も、あわせておおらかにお付き合いいただければ幸いです。。。

第133話 Norfolk treacle tart ~ノーフォークトリークルタルト~

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<Norfolk treacle tart ノーフォークトリークルタルト >

ここ数回「Nelson square(ネルソンスクエア)」に「Norfolk vinegar cake(ノーフォークヴィネガーケーキ)」とノーフォーク出身のケーキの話題が続きましたが、他にも忘れたくないノーフォーク名物のお菓子がいくつかあります。まずは「Norfolk treacle tart(ノーフォークトリークルタルト)」。 トリークルタルトといえば、イギリス菓子好きならご存知の方も多いであろう、あのゴールデンシロップたっぷりの甘~いタルト。もちろん大半のイギリス人もあのパン粉がゴールデンシロップでひたひたになったタルトを頭に浮かべるのですが、ノーフォークの人たちだけは例外、もっと別のタルトの姿を思い描く人もいるはず。
norfolk treacle tart1

それはどんなものかというと~「トリークルタルト」と名がつくのですから、もちろんゴールデンシロップは入るのですが、なんと肝心要のパン粉がこのノーフォークトリークルタルトには入っていないのです。固形物が入らない分ある意味軽めに仕上がったタルト。現地ではこのタルト、「Treacle custard (トリークルカスタード)」と呼ばれることもあるように、まさにカスタードタルトとトリークルタルトの中間のような存在です。材料も、たっぷりのゴールデンシロップと卵と生クリーム、バターに風味付けのレモンと、両方のタルトのフィリングを混ぜて、パン粉だけ除いたようなもの。ただし、生クリームの量はほんの少しなので、カスタードタルトとは違う、気持ち透け感ある、ぷるんとした食感のフィリングに焼きあがります。

norfolk treacle tart2
このノーフォークトリークルタルト、いつ頃から作られているのかはあまり定かではありません。ただし、昔からノーフォークの名家Walpole家(初代イギリス首相Robert Walpole の家系)にゆかりがあるというので、「Walpole house treacle tart」と呼ばれたり、チャールズ・ディケンズの好物だったなんて話しもあるので、18世紀、19世紀から存在していた可能性も。でもゴールデンシロップが誕生したのは1883年のこと、、、少なくとも、ゴールデンシロップ主体の今のレシピになったのはそれ以降ということになります。まぁいずれ、このノーフォークやケンブリッジ周辺は中世の時代からすでにカスタードタルトの原型となるものやバーントクリームなどカスタード系のお菓子がよく作られてきたエリアということで、このノーフォークトリークルタルトもまた、その昔はお肉が入っていた~なんていうカスタードタルトが徐々に変化していく過程の一派生系ということなのでしょう。この流れから行くと、空焼きしたペストリーの底にオレンジやレモンピールを敷き詰め、そこにお砂糖とバターと卵を混ぜたフィリングを流して焼くという、「Duke of Cambridge pudding(デュークオブケンブリッジプディング)」という似たようなタルトもまたあるのですが、こちらはトリークル(ゴールデンシロップ)は入らないので、今日のお題、トリークルタルトから外れてしまうのでまた別の機会に。

あ~今日はもっといくつか別の面白いノーフォークのお菓子もご紹介しようと思って書き始めたのですが、人生と一緒、欲張ったり、先ばかり急ぐのは止め、また次もゆっくりじっくりノーフォークのお菓子話しを続けることにしようと思います。次回もお楽しみに♪

第134話 Norfolk shortcakes / Norfolk scones~ノーフォークショートケーキ/ノーフォークスコーン~

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イギリスおかし百科


<Norfolk shortcakes/ Norfolk scones ノーフォークショートケーキ/ノーフォークスコーン>

今日の話題も引き続きノーフォークのお菓子。その中でも、ティールームで名前だけ見てオーダーすると、きっと想像と違うものがでてくる紛らわしい名前を持ったお菓子について。前話のノーフォークトリークルタルトも一般的なトリークルタルトとは大分違うものでしたが、ノーフォークのとあるティールームで見かけて「独特だなぁ」 と思ったのが「Norfolk shortcake(ノーフォークショートケーキ)」なるもの。見かけは大きな正方形の平べったいスコーンのような物体。これがショートケーキ?

ラーディーケーキより軽く、スコーンよりはしっかりしたノーフォークショートケーキ☆

ラーディーケーキより軽く、スコーンよりはしっかりしたノーフォークショートケーキ☆

ショートブレッドのショート同様、Shortはさくさく脆い食感のこと。なのでイギリスでは「ショートケーキ」というと、一般的にはスーパーで売っている「ショートケーキビスケット」とも呼ばれるとってもプレーンなビスケットを指します。詰め合わせビスケットの中で、チョコがけビスケットやジャムサンドビスケットが先になくなったあと、最後まで残っちゃうようなそんなとってもシンプルなビスケット。これは大抵どこのメーカーのものも長方形で、カランツ入りのフルーツショートケーキは丸型でフリフリのふち。もうひとタイプはショートブレッドのようなバターたっぷりのリッチなビスケット、あるいはやはりバター多めのリッチなスコーンのような生地で生クリームといちごをサンドした「ストロベリーショートケーキ」を指すことも。いずれ日本のフワフワスポンジ&生クリームのショートケーキとは似ても似つかないものなのですが、このノーフォークショートケーキはそのどちらとも違う姿。

プレーンなビスケットタイプのショートケーキと、いちごサンドのストロベリーショートケーキ☆

プレーンなビスケットタイプのショートケーキと、いちごサンドのストロベリーショートケーキ☆

不思議だったのでその日は買って帰り作り方を調べてみたら、それはイースト生地の代わりに、ベーキングパウダーをつかったラーディーケーキのようなもの。小麦粉の半分の量のラードを準備したら、そのうちの半量をrub in(スコーンを作るときのように粉とバターをぽろぽろのパン粉状にすること)、お水や牛乳でひとまとまりにしたら、長方形に延ばし、そこに残りのラードの1/3とお砂糖とカランツをふり広げ、折り込み、またのばして、1/3量のラードとお砂糖、カランツを折り込んで・・・と繰り返して生地の完成。これを四角にカットして焼いたもの。ショートケーキというよりは、やはりスコーンとラーディーケーキの中間というのが一番近い表現。ヘルシー志向の現代ではラードではなく、バターで作ることも多いようですが、もともとは残り物のペストリーにラードを塗って、少しのお砂糖とドライフルーツを加えて焼いた、経済的おやつが始まりだとか。毎回そんな話しばかり書いているような気もしますが~伝統的といわれるイギリスのお菓子を俯瞰してみると、2タイプに大別できる気がします。身近な材料でささっと作れる飾り気のない質実なタイプと、乳製品や卵などをたっぷり使い、手間隙かけて作る贅沢なタイプ。前者は大抵、家庭で、あるいは一般庶民向けのベイカリーなどで日々の糧としてずっと作られ続けてきたもの。後者は王侯貴族や富裕層の間で贅沢を満喫するための、時には富を誇示することもできる嗜好品で、時代と共に流行り廃りがあるもの。今日のノーフォークショートケーキは典型的な前者。このタイプは大抵貴重な食料を無駄にしないための庶民の知恵と工夫の産物で、昔のレシピ本などに登場することも少なく、豊かになった現代、一度途絶えてしまうと本当に跡形もなく消えてしまいそう。いくらベイキングブームのイギリスとは言え、大抵はセレブリティーシェフのテレビ番組や人気料理家のレシピ本にならったり、今どきのヘルシーなお菓子が人気で、昔ながらの質素ながら効率よくエネルギー補給もできますよ的な家庭のお菓子が生き残る確立が増えたわけでもないようですし。

バターとスパイス香るフィリングがおいしいノーフォークスコーン☆

バターとスパイス香るフィリングがおいしいノーフォークスコーン☆

「Norfolk scone(ノーフォークスコーン)」もそんな消えそうなお菓子のひとつ。これもやはり名前から想像するのとは少々違う姿。楔形にカットされたそれは、巨大エクルスケーキのように、ドライフルーツがたっぷり中に入っています。作り方はこんな感じ~スコーンの生地を二つに分け、1.5cm位の厚さに丸くのばしたら、その上に柔らかくしたバターを塗り広げ、カランツなどのたっぷりのドライフルーツをのせます。そして、ミックススパイスとデメララシュガーをその上にふりかけ、もう一枚のスコーン生地をサンドするようにのせて切り目を入れてから焼き上げます。焼きたてホカホカにバターやクロテッドクリームを添えても絶品ですが、冷めたものをそのまま食べても、生地の内側にバターやお砂糖がジュワっと染み込んでいるのでとっても美味。1970年代くらいまでのレシピ本には時折り載っているのですが、最近のレシピ本ではとんと見かけないので、Norfolkでも今食べさせてくれるお店があるのかどうか、、、。

新しいものが登場し、古いものが消えるのは世の常、仕方のないことですが、今の時代、どんな地方に行っても都会と同じものが同じように買える便利さと引き換えに、その地方ならではの風土を生かした食文化が徐々に薄れていってしまうのはちょっぴり寂しいことでもあります。

 

 


第135話 Dorset knobs ~ドーセットノブ~

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<Dorset knobs ドーセットノブ>

今日はイギリス南西部ドーセットの名物、「Dorset knobs (ドーセットノブ)」について。
「なんかドアノブみたいなつづりの名前ね」と思ったあなた、そう、それもよく聞くこの名前の由来のひとつ。確かに姿かたちはちょっと小さめのドアノブのよう。もうひとつの由来は、ドーセットの手工芸品「ドーセットボタン」。カラフルな糸をくるくる巻いて作る繊細で可愛らしいボタンなのですが、そのいくつかあるスタイルの中の「Dorset knob(ドーセットノブ)」あるいは「High top(ハイトップ)」と呼ばれるこんもり山高タイプのボタンに姿が似ているから、というもの。ボタンなのでとっても小さいけれど、確かに形はドーム状で似ていなくもありません。17世紀、18世紀と、とても人気のあったドーセットボタンは、産業革命後、大量生産のボタンにその座を奪われ、消えつつありましたが、昨今のクラフトブームのおかげか、また少しずつ見直されてきているようです。さて、食べられないドーセットノブについてはさておき、本題の食べられる「ドーセットノブ」に話しを戻しましょう。
dorset knob1

ゴルフボールよりひとまわり大きいコロンとしたかわいい姿、そして見た目に反してその噛み応えはなかなかにドライでハード。キッチンに1週間くらい放置したパンのような、非常食用の乾パンのような、、そんな食感。焼く前はイーストで膨らませたきちんとしたパン生地で、お砂糖とバターもちゃんと入っているらしいのですが、それを低温のオーブンでからからになるまで焼ききってあるので、お味のほうは実にシンプルでそっけなく(失礼!)、巨大クルトンでも口いっぱいに頬張ったような、そんなイメージ。ですから逆に、スープに浸して食べればとっても美味。本来の食べ方は紅茶やシチューなどに浸して食べるか、あるいはバターやジャム、チーズを添えていただくものなのだとか。中でもドーセット名物のブルーチーズ「Dorset blue vinny」と一緒に食べるのが地元のおススメだそうで、ドーセットを代表する小説家トーマスハーディー(1840-1928)も、このドーセットノブとスティルトンチーズの組み合わせが大好きだったと記述が残っています。彼の時代にはドーセットノブを作る多くのベイカリーがあり、その日持ちのよさから、頻繁にパンを買いに行けない人里離れた村に住む人たちの間や、長旅の携帯食、日々のお茶のお供として、重宝がられていたのだそう。

茶色の袋に入ったMalted Wheat バージョンもあります☆

茶色の袋に入ったMalted Wheat バージョンもあります☆

この食べられるノブが最初に作られたのは1860年代のこと。ドーチェスターそばのLitton Cheneyという村に住む靴職人John Blightonの妻MariaがオープンしたWhite Cross Bakersという小さなベイカリーでこのドーセットノブは生まれました。ここで働くパン職人Moores氏が焼くドーセットノブはたいそうな人気で、近隣の村々まで広く配達されるようになります。Mrs. Blighton 亡き後、1880年、Moores氏は独立し、MorcombelakeにMoores Biscuits をオープンします。今現在もドーセットノブを作りつづけているのはこのMoores Biscuits  ただ一軒。130年以上経ってもなお昔ながらの手作りの味を大事にしています。発酵させたパン生地をひとつひとつ手で丸め、しっかり乾燥するまで温度を代えて、オーブンで焼くこと3回、作り初めてから完成までなんと8~10時間もかかるという手間暇かかるドーセットノブ。これを作り始めると他の商品が作れないというので、1年のうち、他のビスケット作りの閑散期にあたる1月と2月にまとめて1年分が作られます。さすが4時間はオーブンに入れているというだけあって、他のビスケットとは段違いの日持ちのよさ、そして頑丈さ・・・。

その頑丈さと握りやすいサイズ感からか毎年5月、ドーセットではDorset knob throwing Festival (ドーセットノブ投げ祭り)が開催されています。これまでの最高記録は29.4m。他にもスプーンにドーセットノブをのせて走る、Knob & Spoon Raceや、イースターエッグ顔負けのKnob Painting(ノブの絵付け)などなど楽しいイベントが目白押しのフェスティバル。地元ドーセットの美味しいものが溢れるストールも沢山並びフードフェスティバルも兼ねています。残念なことに今年(2018年)は開催中止となってしまいましたが、また来年はバージョンアップして復活する予定だそう。近年ブームのこういったフードイベントを滞りなく開催するのはなかなかに大変な苦労があると思いますが、昔ながらのその土地その土地の味を若い世代や、他の地域の人たちに知ってもらえる素晴らしい機会、おかげで生き残る地方菓子も増えるかも知れません。 もし今度のイギリス旅行が春夏の週末にかかっていたら、そこここで開かれているこういった楽しいイベントに遭遇できるかも。運よく巡り合えたら、デパートめぐりとは一味違う、特別な思い出が出来ること請け合いです。

第136話 Maids of Honour~メイズオブオナー~

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<Maids of Honour  メイズオブオナー >

ロンドン西部、キューガーデンを訪れたら忘れずに立ち寄りたいのが「Newens」。いかにも趣のあるこのティールームの名物はその看板にも誇らしげに掲げてある「The Original of Maids of Honour(元祖メイズオブオナー)」。メイズオブオナーとは本来、女王や王妃付きの女官をさす言葉ですが、今はもっぱらこの美味しいお菓子を指す言葉。イギリスには珍しく、ハラハラさくさくのパフペストリーに黄色の甘さ控えめのカードチーズベースのフィリングが詰まった直径8cm位の小型のパイで、このパイを求め、ひいひいおじいさんの代から食べ続けていそうなご近所さんから、イギリスのみならず世界中から訪れる観光客で毎日大盛況。もちろんこのメイズオブオナーのペストリーのさくさくぶりから想像が堅くないように、他のパイ類も(特にセイボリー系)ご自慢の老舗ティールームです。

キューガーデン散策の後はNewens でティータイムを☆

キューガーデン散策の後はNewens でティータイムを☆

このお店のオープンは1850年。ずっと門外不出だったメイズオブオナーの秘密のレシピがある時王室から流れでて、リッチモンド周辺で一躍人気のお菓子となるのですが、当時若い見習いベイカーでそのレシピを知ることが出来たRobert Newens 氏がこのメイズオブオナーを販売する「ニューエンズ」の創業者。その後息子のAlfred 氏が1887年にティールームもオープンし、今に至るわけですが、リッチモンドカウンシルのHPによると~メイズオブオナーの歴史をNewensよりもう少し遡ることができます。 このメイズオブオナーのレシピが最初に文献に登場するのはR. Mayによる The Accomplisht Cook の 2nd edition (1665 )。そして最初にメイズオブオナーを商品として世に売り出したのは、1750年、リッチモンドのHill StreetにあったThomas Burdekin氏の店なのだとか。メイズオブオナーはたちまちリッチモンド名物となり、長い間絶えることなく作り続けられます。1790年以降その店の持ち主はWilliam Hester氏、John Lea氏、John Thomas Billett氏へと受け継がれていくのですが、このBillettファミリーの代は特に「The original shop of the Maids of Honour」として繁盛したそうで、なんでも一日に8000個も売り上げた日があったとか。その後、Billet ファミリーの手も離れ、地元の大手ベイカリーの手に渡りますが、1957年ついにその幕を閉じます。そして、このHill Streetの店がNewens の創業者ロバートさんが見習いをしていた店だったというわけです。 話しを今のニューエンズに戻しますが、代々ニューエンズファミリーによって受け継がれてきた店舗は第二次世界大戦で大きなダメージを受けます。それをローバート氏の曾孫に当たるPeterさんが今の姿に建て直しました。今でこそニューエンズファミリーの手は離れましたが、そのレシピは今もトップシークレット、キューを訪れる人たちを魅了してやみません。

アフタヌーンティーもセイボリーのパイでランチもおススメです☆

アフタヌーンティーもセイボリーのパイでランチもおススメです☆

ところで、このニューエンズの壁に掲げられているプラークにはこう記してあります。
“IN THIS SHOP ARE MADE THE ORIGIAL MAIDS OF HONOUR WHICH WERE SERVED TO HENRY VIII AND THE ROYAL HOUSEHOLD(この店ではヘンリー8世と王室のために作られていた元祖メイズオブオナーが作られています)“

メイズオブオナーの始まり物語として有名なものがいくつかあります。
ヘンリー8世の後の妃、アン・ブーリンが他のメイズオブオナーたち(女王様付き女官)と銀のお皿に入ったこのお菓子をつまんでいるところに、とおりかかったヘンリー8世。ご相伴にあずかると、その美味しさに大感動、それをメイズオブオナーと名付けたとか。あるいは~ハンプトンコートのキッチンで鍵のかかった箱の中からこのお菓子のレシピを見つけたヘンリー8世、アン・ブーリンにそのレシピで作らせてみたところ、とっても美味しくてそう名付けた~というのもあります。はたまた、メイズオブオナー(女王様付き女官)の一人がこのお菓子を考案したところ、あまりに美味しすぎたため、レシピを守ろうと、その女官を幽閉して、一生王室のためだけに作らせたなんて話しも。。。
maids of honour3

ヘンリー8世(1491-1547)といえばテューダー朝のイングランド王。現代のような金属製のタルト型などなく、coffinと呼ばれる堅く焼いたペストリーを型代わりにしていた時代、果たして今と同じようなメイズオブオナーを作れたのかはなはだ疑問ですが、ここでそんな無粋なことを言っても始まりません。長い年月をかけて、きっと少しずつその時代時代の調理法に適応させながら受け継がれてきた今のメイズオブオナーが美味しいことは間違いないのですから、良しとしましょう。
物語のあるお菓子はそれだけで、味わいが数倍にも増すことは、皆さんもよ~くご存知のとおり。。。

 

第137話 Kentish huffkins~ケンティッシュ ハフキン~

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<Kentish huffkins ケンティッシュハフキン>

「Bap(パップ)」に「Bun(バン)」、「Cob(コブ)」に「Morning roll(モーニングロール)」、「Batch(バッチ)」「Teacake(ティーケーキ)」、「Barm(バーム)」etc・・・地方や人によって呼び名はさまざま変わりますが、どれもイーストで膨らませた小型のパン、いわゆる「Bread Roll(ブレッドロール)」のこと。いずれも似通ったものではあるのですが、地方によって多少は姿や作り方、食べ方に特徴があります。今日ご紹介するのはイギリス南東部Kent州の小型のパン、「Kentish Huffkins(ケンティッシュハフキン)」あるいはシンプルに「Huffkins(ハフキン)」と呼ばれるもの。

姿は2タイプ。オーバルシェイプか小型の丸型どちらにしても少し平たく成型してあります。そして最も特徴的なのは日本のあんパンを髣髴とさせる真ん中のくぼみ。薄いクラストに中身はふんわりソフトな食感、温めるとかすかに感じるのはバターではなくラードの香り。一次発酵した生地に少量のラードを練り込み、さらにゆっくり発酵させることにより、ハフキンらしいこのソフトな食感が生まれます。半分にスライスしてチーズやハムをサンドし食事として食べるのも人気ですが、たっぷりのバターを添えてお茶のお供にティーブレッドとしていただくのも定番です。伝統的には、軽く温めたハフキンのくぼみにケントの名産品でもあるチェリーやチェリージャム、クリームなどをのせてプディング(デザート)として食べていたのだとか。うん、確かにそれも美味しそう。。。

オーバルシェイプのハフキン、とってもソフトなので大きくともペロリといけちゃいます☆

オーバルシェイプのハフキン、とってもソフトなので大きくともペロリといけちゃいます☆

ところでこのハフキン、もぐもぐ食べながら頭に浮かぶのは二つの疑問。パン屋さんが親指でつけるというこのくぼみには何か理由があるの?そしてハフキンというその名前の意味は?この2つの疑問に期待どおりにこたえてくれるのが次のお話し。
ケント州のとあるベイカリーでの出来事。理由は定かではありませんが、パン職人のご主人にとにかくその日ご立腹だった奥様。もうオーブンに入れるだけに準備の整ったパン生地すべてに指で穴を開け「売れるもんなら売ってみなさいよ!」。売り言葉に買い言葉、「あ~売ってやるよ」と真ん中に穴の開いた生地をそのまま焼いたご主人。店頭に並べたところ、あら不思議、飛ぶように売れていくではないですか。それからはご主人、毎日パンの真ん中に自ら穴を開けて売るようになったとか、、、。「Huff=不機嫌・立腹する」の意、ご機嫌斜めの奥さまのおかげで誕生した「Huffkin(ハフキン)」なのでした、ちゃんちゃん。
どこまでこの話しが本当なのかは分かりませんが、確かにただ平たいだけのソフトなパンより、この真ん中の穴と「ハフキン」というその呼び名があるだけで一気に魅力が増すことは間違いありません。 実はこの名前の由来にはこんな説も。それは昔の「Huff paste」と呼ばれる粉と水で練って作るペストリーから来ているというもの。ハフペーストとは大きな肉の塊などを調理する際、肉汁や脂などを閉じ込めて調理するためのペストリーのこと。それ自体は調理が終わったら用済みで捨てられてしまうので、中世の「Coffin」と呼ばれる調理用のペストリーのようなものですが、この粉と水で作るdough(生地)が転じてハフキンになったというもの。でもこれだと真ん中の穴の説明は付随していないし、やはり話して楽しい、聞いて楽しい前者に軍配ですね(笑)

まん丸タイプは真ん中のくぼみにチェリージャムとクリームをのせてプディングとしても☆

まん丸タイプは真ん中のくぼみにチェリージャムとクリームをのせてプディングとしても☆

おまけとして~お隣エセックス州にはハフキンの兄弟分のような「Essex huffer」 なるパンもありますが、こちらは大きめのくさび形。平たい円形に伸ばした生地をケーキのように放射線状にカットしてから焼くので三角形。ラードは入ったり入らなかったりのようで、現在作られているものはもっぱらバターが入るレシピが多いよう。穴はあいていません。なんでもこちらの名前の由来はその大きさから一切れが「Half a loaf」、パン半斤分もあったから、だとか。名前は似ているのだけれど、全然別の由来がまた登場、、なんだかややこしいですね。わたしが最初に想像したのは、ハフキンもハファーも満腹過ぎて思わずでるため息みたいな響き。だから美味しいからと食べ過ぎると、破裂寸前の風船みたいなお腹になって、huff and puff、 いつもはぁはぁ息を切らせて歩くようになっちゃうよ、ということかななんて。発案者や地名が名前になっているものはさておき、語源については結構こんな感じでみんなが勝手に想像したり、楽しい物語を考えついたものが、まことしやかに語り継がれて来たものも多いのかもしれませんね。

 


 

第138話 Jersey wonder/ Aberdeen crullas/ Yum yums~ジャージーワンダー/アバディーンクルーラ/ヤムヤム~

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<Jersey wonders/ Aberdeen crullas/ Yum yums ジャージーワンダー/アバディーンクルーラ/ヤムヤム>

これまで、蒸したり焼いたり、茹でたり冷やしたり、さまざまな調理法のお菓子が登場してきましたが、今日はもっと気取らない、日々のおやつに最適な調理法「油で揚げる」お菓子にスポットライトを当ててみます。

揚げるお菓子の代表選手と言えば、今の時代はなんと言っても「Doughnuts(ドーナッツ)」。穴のあいたアメリカンタイプもありますが、イギリスでよく見かけるのはジャムドーナッツ。丸くて中央にラズベリーなどの赤いジャムが入った、ふんわりイースト生地タイプ。まぶしてある白いお砂糖を口の周りにつけながら頬張るそれは大人も子供も思わず笑顔。日本でもおなじみですね、きっとこれは想像に違わない味です。

お次は「Yum yums(ヤムヤム)」。

甘~いグレーズのかかったyum yum は危険だけれどたまに食べたくなるのです☆

甘~いグレーズのかかったyum yum は危険だけれどたまに食べたくなるのです☆

耳慣れない名前ですが、これも言ってしまえばドーナッツの一種。ねじりが効いた棒状で、周りには甘いグレーズ、というのがお決まりスタイル。チェーン店のパン屋さんはじめ、スーパーでもパック入りが売られているので、手軽なおやつや軽食として人気です。近頃はバタースコッチ味やトフィー風味のグレーズがかかっていたり、ミニサイズだったりと、さまざまなアレンジも増殖中。基本の生地は前述のジャムドーナッツ同様イースト生地、ただしこちらはデニッシュのようにバターを幾重にも折り込んで層を作ります。これを油で揚げ、かつたっぷりのグレーズ、、自分で作るとそのハイカロリーぶりにちょっぴり罪悪感、でも生地がそれほど甘くないのでつい手が伸びちゃう危険なお菓子。このヤムヤム、今でこそ全国区のお菓子ですが、もともとはスコットランド発のお菓子と言われています。そのラブリーな名前の由来はじめ、不明な点も多いのですが、よく言われているのは、オランダでクリスマスやレントの時期に食べられていた揚げ菓子が原型になっているということ。

Aberdeen crulla は世界中にきっとあるよね、と思う、素朴で懐かしい味わい☆

Aberdeen crulla は世界中にきっとあるよね、と思う、素朴で懐かしい味わい☆

さぁ、どんどん参りましょう。次にご紹介したいのが、スコットランドに伝わるもうひとつの揚げ菓子「Aberdeen crullas(アバディーンクルーラ)」。スコットランド北東部の港町アバディーンの名前のついたこのお菓子はバターとお砂糖、卵と小麦粉で作った生地を、平たく延ばして油で揚げたもの。こちらはイーストの代わりにベーキングパウダーを使うので、生地作りはよりお手軽。日本の素朴なかりんとうをも彷彿とさせる味と見た目です。ただし、材料がシンプルな分、揚げる油によって大分風味が変わったことでしょう。今のように、「油といえばサラダ油(菜種やひまわりなどの植物油)よね」、なんて時代が来る前は、イギリスで庶民の揚げ油と言えば、ラードに、ドリッピング(お肉を焼くときに出る脂)、スエットなどを溶かしたものでしたから。さて、このお菓子、独特なのはその形です。作り手により、三つ編みや、手綱こんにゃくのように中央に切り目を入れてぐるりとねじるなど様々ですが、必ず 生地に「ねじり」が入ります。あとは、「ねじり」よりは重要ではないですが、レシピによってはナツメグなどのスパイスが入ることも。 Crullasの名前の由来は、ゲール語でSmall cake、Bannockを意味する Krilから、あるいはオランダ語でCurl(カール)を意味するKrullen からきているとのこと。日本でもおなじみのねじりの効いたアメリカのドーナッツCruller(クルーラー/フレンチクルーラー)の語源も同じ流れのようです。

ジャージー島の潮の満ち引きのすごさ、フランスの文化なども秘めたジャージーワンダー☆

ジャージー島の潮の満ち引きのすごさ、フランスの文化なども秘めたジャージーワンダー☆

さてもうひとつ、アバディーンクルーラと共通点の多いお菓子がイギリスにあります。地理的にはスコットランドと全くの反対側、イギリス本土よりよほどフランスのほうが近いところにある、ジャージー島の名物地方菓子「Jersey wonder(ジャージーワンダー)」です。何が似ているのかと言いますと~どちらも古い郷土菓子なので、家庭により多少の違いはありますが、生地の配合から、ねじるという成型法、そして油で揚げるという、全体においてそっくり。バターにお砂糖をすり混ぜて、卵を混ぜ、小麦粉を加え、めん棒で伸ばせる程度の堅さの生地を作るところも、手のひらサイズに伸ばした生地の中央にスリットを入れて、くるりと生地をくぐらせてねじるところも一緒(ジャージーワンダーは3本の縦スリットを入れて、上の部分をくるりとその中央の穴にくぐらせることが多いよう)。そしてこちらも最後はラードで揚げるのがオリジナルスタイル。違いと言えば、ジャージーワンダーは揚げたあと、お砂糖などはふりかけず、プレーンが基本、という点。そして、潮の満ち引きが極端に激しいジャージー島らしく、揚げるときは必ず、潮が引いていくタイミングで、というのが島の慣わし。万が一満ち潮の時に揚げると、油が鍋からあふれでてくる、という言い伝えがあるのだとか。また英語のほかにフランス語が公用語でもあるジャージー島、ジャージーワンダーはフランス風にMerveilleとも呼ばれます。そう言えば、フランス南西部で食べられている同じような揚げ菓子の名もメルベイユ。年間通して食べられてはいるのですが、祭りごと、特にレント(イースター前の40日間)が始まる前のカーニバルの時期に登場するフランスのメルベイユもジャージーワンダーもきっと同じ起源なのでしょう。ジャージー島に行ったとき、何の気なしにお土産に買った袋入りのジャージーワンダーは、食べやすい軽いドーナッツといった雰囲気だったので、きっとあれは植物油で揚げたものだったのかな。

他にも揚げたい、もとい、挙げたい揚げ菓子は沢山あれど、長くなりそうなので今日はこの辺で。。

第139話 Aberdeen butteries/ Guildford manchets ~アバディーンバタリー/ギルフォードマンチェット~

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<Aberdeen butteries/ Guildford manchets  アバディーンバタリー/ギルフォードマンチェット>

スコットランド北東部の港町Aberdeen。この町生まれの名物ブレッドが「Aberdeen buttery(アバディーンバタリー)」。いかにもバターたっぷりといったその名前が示すように、イギリスのパンにしては珍しく、薄くはらはらと崩れるフレイキーなそのテクスチャーはまるでデニッシュかクロワッサン。スコットランドの平べったいクロワッサンと評されるのも納得の食感です。平べったい?そう、このパンの特徴の1つがその形。丸とも四角ともつかないちょっといびつな形をし、ぺしゃりと上から潰したように平べったいのです。イーストで発酵させた生地に油脂を折りたたみ、指やげんこつで押しつぶして形作るのですが、その姿やリッチさは、フランスはブルターニュのクイニーアマンに似ていなくもありません。ただし、甘さしっかりのクイニーアマンと違い、こちらは甘みはない上に、かなり塩気のパンチが効いています。普通のパンと比べてもかなりソルティー。でも定番の食べ方はwith ジャム。しかもひっくり返して、より平らな底面にジャムやバターをのせて食べるのです。

裏返してジャムを塗っていただけば、しょっぱ甘い危険なハーモニー☆
裏返してジャムを塗っていただけば、しょっぱ甘い危険なハーモニー☆

スコットランド北東部の朝食の定番、リッチなアバディーンバタリー、朝のエネルギー補給はこれでバッチリ。濃いミルクティーと共にまずは一口、パクリといただけば〜あれ?ふわっと感じるのは、ジャムの甘さの後に香るセイボリー的な風味…そう、これはラード。このパンの二つ目の特徴が生地に折り込んだたっぷりのラード。塩分多めのパン生地をフレイキーペストリー(イギリスのパイ生地の一種)を作る要領で、長方形に伸ばし、バターとラードを混ぜ合わせたものを塗り(時にはそこにお塩をさらにプラスして)、折って伸ばしてを繰り返し作るのです。さらにオリジナルは、ラードとバターの代わりにお肉を焼くときに滴り落ちる脂、ドリッピングを使っていたというから、聞いただけでもハイカロリー。このご時世、ハイカロリー&高塩分と聞いたらまさに健康の敵ですが、このパンが現れた1900年前後と言えばアバディーンが漁業で大いに栄えていた時代。実はこのパン、漁師さんたちの、「海の上で効率よくエネルギー補給でき、かつ2週間は日持ちするものが欲しい」という要望のもとに生み出されたというのだからそれも納得ですね。

バターとラードを何度も折り込んで生地作り☆

バターとラードを何度も折り込んで生地作り☆

このアバディーンバタリーはRowiesあるいはAberdeen rolls とも呼ばれますが、以前は2/3サイズのwee rowies、バターで2つ貼り合わせたdouble rowies、もっと大きなloafies と呼ばれるものまでサイズのバリエーションも豊富だったとか。昨今はヘルシー志向の波に飲まれ、市販のバタリーはもっぱら、植物性油脂を使う事が主流となっているそうで、ちょっぴり寂しい気もしますが、ご当地のバタリー愛は筋金入り。第一次世界大戦によりベイカリーでは配給用のパンしか作ってはいけないということになった際、「バタリーはパンじゃない!」と主張、なんとか作り続ける事が出来ないかとアバディーン周辺のパン組合の人たちは頑張ったのだとか。政府の政策に反抗してまで作り続けたかったバタリー、いかにそれが人々の生活に根付き、日々の食事に欠かせないものだったのかが分かります。それはもちろん沢山食べ過ぎたら体には良くないかもしれませんが、時々なら大丈夫、スコットランドでもし見かけたら、折角の郷土食、試してみる価値はあります。

さて、ここでおまけに触れておきたいパンがもうひとつ。それが「Gildford manchets(ギルフォードマンチェット)」。Guildfordはイギリス南東部サリー州の町、アバディーンとは遠く離れているのですが、これがまたバタリーと生地がそっくりのパンなのです。イースト生地に同じく何度も折り込むのはバターとラードのミックス(やはりここにお塩をプラスするレシピも見受けられます)。これを小さく分割し丸めたら、こちらはつぶさずそのままオーブンへ、ふっくら丸く焼き上げます。

つぶしていない分、ふわっとはラットさらに軽い食感のギルフォードマンチェット☆

つぶしていない分、ふわっとはらっと さらに軽い食感のギルフォードマンチェット☆

ギルフォードマンチェットのManchet とは15世紀後半から存在する最高級のパンを意味する単語。雑穀混じりの目の粗い粉でパンを作るのが当たり前の時代、真っ白になるまで麦を搗いて精白製粉し、何度も何度もふるいを通した粉で作った柔らかなパンは皆の憧れ。それらはManchet あるいはpayndemayn (painmain他様々な綴りがあります)などと呼ばれ富の象徴とされました。ラテン語のpanem dominicum (英語で領主のパンLord’s bread の意)から派生したと言われるpayndemaynという語は消えてしまいましたが、同じく最高のパンを示すmanchet という単語は残り、度々古いレシピ本にも登場します(ここではこれ以上踏み込みませんが、さらにmanchet について知りたい方はElizabeth David 著 English Bread and Yeast Cookery(1977)をご覧下さい)。
牛乳や卵などが入ることはあっても、基本シンプルで柔らかな白パンを意味してきたマンチェットという語が、なぜギルフォードの油脂分たっぷりのデニッシュのようなパンにその名が残ったのか、その理由はもう知る由もありませんが、その軽さ、スペシャル感を表しているのかもしれませんね。また、ギルフォードマンチェットは手で割って食べるものであり、ナイフでカットして食べるものではないと言われており、昔は手で裂きやすいようにと、焼く前に上部に切れ目やくぼみをつけていたそう。ここにもナイフで切らない何か特別な理由があったのだと思うのですが~さて、皆さんならそこにどんな物語を思い描きますか?わたしはムクムク、イーストを入れすぎたパン生地のように想像が膨らんで、パンが主役で大活躍する絵本でもかけてしまいそう(笑)。

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